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自殺失敗直後5(そして、休職生活へ)

 会社との打ち合わせも無事に終わり、本格的(?)な
休職生活が始まった。

・・・のだが、とにかく暇だった。
今まで、月~金は起きたら会社へ行き、
帰ってきたら、ご飯とテレビを少し見て寝るという生活だった。
特にイヤな上司と一緒に行っていた職場は遠く、
通勤時間は片道2時間かかっていたため、
朝は7時に出て、帰ってくるのは、どんなに早くても8時。
場合によっては、日にちが変わってる。なんてこともあり、
気が付いたら1日が終わってるという感じ。

 土日は、共働きのため、溜まっている食器と洗濯物を洗う。
あと、とりためたビデオを見るくらい。

 他にも、終わらなかった仕事については、土日にやっていた。
昔は家のパソコンで仕事が出来たのだが、
今は、除法漏洩対策のため、家のパソコンで出来なくなった。
代わりに、ノートにおおざっぱなやり方だけ書いておき、
残りは職場でやらざるをえない状態だった。

 もっと、キツイ人もいるのだろうが、私の時間管理が甘いせいか、
それだけで日々が終わっていった感じだった。
そんな人間が、明日からは何もせずに、家でジィ~~ッとしてなさいと
言われたのだ。正直、最初の2週間ほどは、
失踪前にたまっていたビデオを見たり、テレビを見たり、
ネットしたり、ニコニコ動画を見たりとしていると、
あっというまに過ぎていった。

 だが、3週間目に入ると、だんだんつまらくなってくる。
元々、気になった番組のみをビデオに録画し、CMはスキップしてた
タイプなので、まず、テレビが飽きてくる。

 次に、ニコニコ動画も、アニメやゲームに詳しい人は楽しめる動画は
盛りだくさんなんだろうが、元ネタを知らない私でも
楽しめる動画は少なかった。
(アニメは親が禁止していたため、ほとんど見てない。
 ガンダムですら、見たことがない。
 ドラゴンボールも大人になってから原作で読んだ程度だ)

 そして、最後にやりだしたのが料理だ。
これは、毎日食べているものだし、バリエーションも豊富。
色々と考えることでもあるし、少し、はまりつつある。

 元々、料理が全く出来ないわけではなく、
ある程度(カレーや目玉焼き程度)は作れた。
仕事をしてる時は、職場が近く残業が無い嫁が、晩御飯を作ってくれていた。
土日も、たいがい、嫁が作っていた。
(朝ごはんは作ってる時間も食べてる時間も睡眠時間に
 あてたかったので、カロリーメイトと野菜ジュースだった)

 休職生活に入ると、平日の自分の昼食をどうにかしないといけなくなった。
最初は、ファーストフードやカップ麺を食べてたが、途中から味気なく感じてきた。
そこで、インスタントラーメンにもやしを入れたり、肉を入れたりし始めた。
それの延長で、料理を始めた。本を借りたりして、本格的に始めた。
今では、晩御飯も私が作っている。

 また、料理は、手間をかければ意外と時間がかかる。
材料を買う所から始めないといけないし、
ものによっては、数時間煮込まないといけない料理もある。
そのため、良い暇つぶしになっている。

 それに、料理をしていると会社のことや自殺のことなどは、
考えずにすむため、良い気分転換になっている。
正直、楽しい。今では、冷蔵庫に、自家製のだし汁を
2リットルのペットボトルに入れたものが入っている。

 とはいえ、やる気が出ない日も結構ある。
そんな時は、カップ麺に頼る時もあるし、
晩御飯は以前に作って冷凍していたのを、
チンするだけの日もある。

 料理のおかげで、暇で、自殺が仕事に考えを巡らし、
あせる気持ちを抑えることが出来ている。
単に、何も考えてないだけなのかもしれないが。。。

 ただ、料理をやっていることを心療内科の医者に言うと、
それまでは週1の通院だったのが、2週に1回の通院で
良いと言われた。
良い感じで回復しているのだと思った。

 ちなみに、11月から復職予定だ。
正直、休職生活に慣れてしまい、復職できるか心配だ。
本当に復職できるのだろうか。
私みたいに、突如、失踪する可能性がある人間を雇っておけるほど、
会社に余裕があるとは考えにくいのだが。。。
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自殺失敗直後4(会社との打ち合わせ)

 病院で診断書をもらった数日後、会社の人と会った。
会社から総務と、直属の課長が来た。
会社内でも、私と上司の相性の悪さは
噂になっていたようで、ストレスの原因となっている上司ではなく、
その上の課長が来た。

 当初は、嫁のみが会い、私は会わない予定だったが、
嫁の負担が大きいと感じ、私と嫁が会うことにした。

 場所は、私が会社へ行くことが出来ないため、
最初は駅前の喫茶店に行く予定だったが、
喫茶店では失踪した原因等のこみいった話は
出来ないと嫁が判断し、家に来てもらうことになった。

 当日の朝、心臓がバクバク鳴り、手のひらから汗が出て、
止まらなかった。普段、手のひらに汗をかくことはめったにないのに。
そこで、急いで病院でもらった薬を飲んで20分ほどした頃、
心臓の高鳴りが収まって、手のひらの汗もひいた。
今まで実感してなかった薬だが、本当に効くもんだと感心した。

 打ち合わせは、どれくらい会社を休むつもりなのか。
どうして失踪したのか。そして、復職するつもりがあるのか。
ということを聞かれた。

 まず、会社を休む期間は、医者の言うとおり、とりあえず3ヶ月。
失踪した理由は素直に、上司との相性の悪さと、
怒鳴られていた事を伝えた。

 復職については、「復職する」と答えた。
辞職すると言ってから復職することは出来ないが、
復職するつもりが、治らなくて辞めざるを得ないことはあるからだ。

 それに、辞めてしまったら、たいしてスキルもない私の
転職先を探すのはとても困難で、また、自殺することになると
思われるからだった。この、まだ復職のチャンスが残っているというのが、
私の救いの、細い細い糸みたいなものだ。

 もし、失踪していた点を突かれ、無断欠勤で解雇と言われても、
おかしくはなかった。そうなっていたら、アルコール中毒とかでなく、
もっと確実な方法で、再度、自殺していたかもしれない。
もちろん、ハローワークとかで仕事を探してみて、
それで全滅だったら。という条件付きではあるが。

 時間は40分程度だっただろうか。その場で決まったこととして、
失踪期間は欠勤扱いで給与はなし。嫁が連絡を入れた日から20日は、
有給休暇。残り、3ヶ月に満たない日は、休職扱いと決まった。
有休は丸々、40日分が残っていたが、復職後、通院するために半休したり、
風邪で休んだ時のため、20日分のみ使い、20日分は残した。

 あと、私と直接の連絡は、私自身が断った。
携帯電話を常に気にしてないといけないし、
メールも、毎日チェックしないといけないのが、
苦痛になると思ったからだ。
そのため、会社とのパイプ役は嫁にお願いした。

 話している間は特に何も感じなかったが、話し合いが終わると、
急に疲れが出てきて、フローリングの床の上に、1時間ほど横たわっていた。
薬の効果で緊張感は薄れていたのだろうが、やはり、
体は正直なものだと思った。

自殺失敗直後3(初めての心療内科・精神科)

 家へ帰った翌週、心療内科と精神科の2つの診療科を
掲げている病院へ行った。嫁の情報により、
うつとかの場合、心療内科の方が良いとの事なので、
精神科のみの病院以外で、かつ、家から遠くも近くもない
病院をネットで調べた。

 家から遠いと行きづらいというのがあるし、逆に近いと、
病院の先生に鉢合わせになると気まずいと思ったからだ。
ついでに言えば、嫁もうつで病院に通っているが、
そこも外した。嫁によると、良い先生らしいが、
夫婦で同じ先生に診てもらうのも、どうかという思いが
あったからだ。

 病院は駅前にあったため、電車に乗っていった。
時間帯は午前10時頃。私服で、
平日のこの時間帯に電車に乗る機会はなかなかないため、
新鮮な感じと共に、「こんな時間帯に何してるんだろう」という
思いが込み上げて来た。

 病院はすぐ分かり、受付で問診票を渡され、
それに症状や既症歴を記載した。
人気があるのか、1時間半ほど待った。
先ず、白衣を着た助手みたいな人に別の部屋へ連れていかれた。

 そこには、机と椅子が2脚、向かいあわせにあった。
片方に私が座り、もう片方に私が座った。
そこでは、私の家族構成。症状の詳細。
病院に求める事を聞かれた。

 症状については、自殺に失敗したことも伝えた。
すると、「失敗して、良かったですね。本当に」と言われたが、
「どうなんでしょう。死んだほうが楽だったのかもしれません」と
応えてしまった。。。
それが、本当の気持ちだったのだが。

 最後に、「先生が必ず、治してくれます。気を楽にしてくれますよ」と
励まされて、また、待合室へ。

 20分後くらいに名前を呼ばれ、診療室へ行った。
そこには、60代くらいの太ったおじさんがいた。
助手の人から先生へ、症状の詳細は伝わっており、
自殺は良くないという内容を、説教というよりは、
雑談みたいな感じで、話した。

 体調のことを聞かれたが、特に問題はないと応えた。
医者から言われた事は、主に以下のことだった。

1.自殺したら、相性が悪い上司が喜ぶだけ。
  だから、自殺したらだめ。
2.自宅入院という形をとるため、しばらくは「食っちゃ寝」を
  行うこと。
3.時間があるからといって、資格の勉強はしないこと。
  休んでいる意味がないし、合否の結果が精神に良くない。
  もちろん、仕事関連の事もしない。休んでいる意味がない。
4.ゲームはしない。はまってしまい、徹夜をしたり、
  食事を抜かしてしまったりして、体に悪く、
  それこそ、休んでいる意味がない。
5.心の底から、本当にやりたい気持ちが出てきたら、
  それはやっても良い。
6.薬は1週間分出すので、それが切れるまでに来院してほしい。

 こんな感じで、40分ほど話した。終わった時は、20分くらいだと
思っていたが、40分も話していて、驚いた。
今まで、溜まっていたものが、出てきたのかもしれない。

 あと、医者のほうから、診断書を書きましょうと言ってくれた。
この状態では会社には行けないと思っていたので、
診断書をもらう予定だったため、良かった。
診断書は、3ヶ月以上の休暇が必要との内容と事前に話してくれた。

 帰りに病院近くの薬局で薬をもらった。
薬は3種類。毎食後に2種類。
就寝前に1種類。どれも、副作用で眠くなる効果があるものだ。
就寝前のは、副作用というよりも、眠くするのがメインの効果の薬だけど。

自殺失敗直後2(実家へ顔を出す)

 家へ帰ってから数日は、私を探すために行ったことを
嫁から聞いた。
まず、警察に失踪届けを提出し、私の友人に片っ端から
電話をしたらしい。
そして、会社とうちの両親と、何回と無く、会議をしたとのこと。

 また、私の部屋を探し、失踪先のヒントになりそうなものを
探したとのこと。特に借金で首がまわらなくなった可能性を
考慮し、貯金通帳の残高の確認をしたそうだ。

 もちろん、失踪先のヒントになる場所はなかった。
その時の私は死に場所を「探し」に行っていたのだ。
これまで、死のうと思ったことはなかったため、ここで死のうと
思った場所はなかった。そのため、これまでの私の痕跡から
探しても、失踪先につながる場所は出てこなかったと思う。

 私も、電車であちこちを移動していたため、ある程度の
場所の目星が付いたとしても、そこに家族が来たときには、
既に別の場所に行っていただろう。

 私が家に帰ったのは平日で、その後の最初の土曜日が嫁の休日だったため、
嫁と一緒に私の実家へ顔を出しに行った。
嫁についてきてもらったのは、私一人で行く勇気が無かったため。
正直、色々と心配をかけていたため、どんな顔をして行ったらいいのか分からなかった。

 かといって、ほっとくわけにもいかず、実家へ行った。
両親と再会した時、嫁と再会したときと同じく、
抱き合いながら泣いてしまった。
そして「無事で良かった。良かった」と言われた。

 正直、この年になって、両親と抱き合うなんて想像したこともないし、
好き好んでやることではなかったのだろうが、
気が付いたら、そうしていた。それが当たり前のように、
抱き合いながら、泣いていた。

 泣くのが落ち着いた頃、体は無事であること。
死に場所を探していたこと。自殺に失敗し、今後、
どうしたらよいかが分からなくなって、家に帰った事を伝えた。
そして、しばらくは会社を休むことを再確認した。
というより、会社に行ける状態ではなかった。

 また、こまめに連絡をとりあい、安否を確認することを決めた。
連絡について、具体的な期限や回数は決めなかった。
「連絡しないといけない」という気持ちが、私を追い詰めるのではと
思われたからだ。実際、私もそのように感じた。

 自殺をするほど追い詰められていたことに、親は驚いていた。
そして、失踪前に、親へ相談しなかったことを、悔しく感じていたと言われた。
相談してくれていれば、このような状況にはならなかったと、親は
考えていたようだ。

 だが、その時の私は、相談してもどうしようもないと心の中で思っていた。
なぜなら、この不況時、簡単に転職先はみつからない。
ましては、上司との関係がこじれた人間なんて。

 もちろん、会社に相談する選択肢も無かった。
関係がこじれた上司は上へのゴマスリは一級品で、
確実に私が悪者にされるのは目に見えていたからだ。

 だから、失踪し自殺をした。(失敗したが)
親から、「もう自殺はしないように」と約束させられた。
言葉では約束したが、心の中では、悪いけど約束は出来ないと感じていた。
どうしようもなくなったら、やはり、自殺という選択肢を
選んでしまう気がしたからだ。

 後は、失踪当初の行動を話し、失踪してる間の事も話した。
また、嫁と私の両親がどうしていたか。を聞いた。
気が付いたら、2時間ほど経っていた。

 話すことに疲れを感じてきたので、私から家を引き上げることを伝えた。
家を出る時に自殺しないことを、再度、約束させられた。
その時も、口では約束したが心の奥深くでは、
約束できなかった。今も、その気持ちは同じだ。

自殺失敗直後1(自宅へ戻る)

 自殺に失敗した後、行く所もなく、自宅に帰った。
家族は嫁と私の2人暮らし。家の鍵は途中の海に投げ捨てていたので、
チャイムを鳴らして、家に入れてもらった。

 助かったのは、嫁が普通に「おかえり」と言ってくれたこと。
こちらも、「ただいま」と言って、お互い、
泣きながら抱き合った。
俺は、「ごめん」を連発し、嫁は、「帰ってきてくれてありがとう」を
言い続けていた。

 お互い、落ち着いてきた所で、俺から、
失踪してる間は死に場所を探していたこと。
遠地で死ぬと家族へ迷惑がかかるので、近場で自殺したが、
失敗に終わり、次にどうすれば良いのかが分からず、
帰ってきたことを伝えた。

 嫁は、嫁自身がうつであるため、会社がいやになって逃げ出し、
いずれ帰ってくると信じていた
俺が真面目で融通が利かない性格であるのを知っているため、
「不倫先に行った」とか、「借金を作ってそれから逃げ出した」のではない
事を見抜いていた。嫁の観察眼には、正直、恐れ入った。。。


 翌日、嫁は仕事へ行った。ただ、普段は朝が弱い嫁が、
仕事に出かける前に、コンビニでパンやおにぎりを買ってきてくれて
いたのには驚いた。
俺は、自殺する時に大量に飲んだウイスキーの影響が、
体に残っていたため、それに気づかず、目が覚めたのは、
嫁が出かける時だった。

 失踪している間、本当に心配をかけたのだと、
心から感じた。そして、心が弱いはずの嫁が、
たくましくなったと実感した。
ブロマガ

月刊ブロマガ価格:¥ 30000

紹介文:自殺したが、失敗。
今後、自殺するか復職できるかの
狭間で揺れ動いてる感情や日常の出来事を
書いてます。
自殺した場合は、一人のブロガーが自殺する瞬間というか、それに近いことをブログを通して見ることが可能です。それに至る感情の動きも見れます。
逆に復職できた場合、復職するまでの経過を見て、復職を目指す方への道筋になるのではないかと思っています。

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プロフィール

タム

Author:タム
一度、自殺に失敗し、治療のために休職生活を行っている30台後半の男です。
1ヶ月以上、更新されてなかったら自殺してます。
というか、みんな、死んだら良いねん。

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